2005年 11月 26日 ( 2 )

忘れた頃に。

11月2日の日記。

<テーマ:当たり前のこと-移民編>

私の周りの友人は
香港系カナダ人でした。
スペイン系(?)スウェーデン人でした。
中国系イギリス人でした。
同じく中国系スペイン人でした。
トルコ系アメリカ人でした。

イラン系、中国系、モロッコ系、インド系、
台湾系、アンティリア系、アフリカ系、
アラブ系、イタリア系、スペイン系・・・オランダ人でした。

見た目と国籍が(私の中で)
一致しない人がたくさんいるのです。
留学生の中にもそんな人が多いのですが、
オランダ人の場合は、ケタが違います。
さすが移民の街・ロッテルダム。
なんでも来い、です。
(さながら万国人間博覧会・・・)

でも、そんなとき、素朴な疑問が私の中に浮かぶのです。
「何が人のアイデンティを決めるんだろう?」
“What makes Dutch as Dutch?”

見た目も言語も似たような国で育った私にとっては、
周りの人たちに起こっている現象が、
不思議でしょうがありませんでした。
オランダが国として成り立っていることが(←アイデンティの面で)
不思議でしょうがありませんでした。

見た目がアイデンティの源泉でないんなら、言語かな???
なんて思ってもみましたが、
世界には国は違っても英語、ドイツ語、フランス語、
スペイン語なんかを国語としてる人はゴマンといるし、
実際、ドイツ語が母語だけど、イタリア人な私の友人・・・

ついでに言うと、
今のオランダのプリンセス(アルゼンチンから嫁いで来た)
なんて、オランダに来た当初は私の、とってつけたオランダ語より
オランダ語がひどかったそうな・・・(^^;)
(←オランダ人の証言)


で、考えてもよく分からないので、
思い切って友人に聞いてみることにしました。
標的になったのは、
約束はすぐ忘れるけど、気のいいナイスガイな香港系カナダ人。

遠まわしな表現を知らないので、直球勝負。
(もちろんその前にちゃんといろんなこと喋ってますよ^^;)
「個人的なことで申し訳ないんだが、何が
人のアイデンティを決めるんだと思う~?」
と聞くと、
「う~ん、僕は自分を自分でカナダ人だと思ってるから、
カナダ人だと思うよ。その人が、自分を“~人だ”って思ってれば、
それがその人のアイデンティで、それでいいんじゃない?」
とあっさり明るく答えてくれました。

私:ものすごい納得。

確かにね~。その人がそう思ってればそれでいいですよね~。
他人がどう思おうが、関係ないよね~。
何に私はそんなにこだわっていたのか、バカバカしくなった瞬間。


でもね、そんな風に私がさっぱり納得してる一方で、
フランス(パリ)では移民による暴動がすごいことになってるんですよ。
車が何百台(何千台?)と燃え、学校が、集会所が、燃えているんです。
何百人と移民の若者が逮捕され、戒厳令まで出る始末。

テレビで一瞥しただけでは、いったいコレがフランスで起きてるなんて
信じられなかったくらい。いったいいつの時代の、どこの話なんだ?と
この目を疑いましたよ。
だって、戒厳令ですよ!戒厳令!おいおい戦時中かよ!みたいな。

フランスでは移民の失業率が高く、郊外にsegregationされてるらしいです。
(とくにアフリカ系の移民が。)
で、そのあぶれた若者は、フランスにもoriginの国にも
アイデンティティを持てずに、宙に浮いちゃって、
学歴も、定職もなく、街を徘徊、ついでに犯罪、みたいな。

そんな文脈の中で、起こったのが今回の事件。
なんだかよく分からないけど、なんかの手違い(?)
で移民の若者2人が警官に射殺されちゃって、
それで今までの不満が一気に爆発!みたいなシナリオらしい。
ついでにお偉い政治家が、彼らをクズ呼ばわりして自体は悪化・・・・

今は落ち着いたみたいだけど、おかげで私はパリ行きを断念(;_;)
はぁ。

て、
ここでのポイントは、
1.移民個人がどんなアイデンティティを持つかは、
個人が勝手に決めればいいけど、(他人には関係ない)
2. 社会的に見て、宙に浮いてしまうのはちとまずい。
ってとこですかね~?(あんま、まとまってないけど^^;)

つまり、個人がなんらかのしっかりとした
アイデンティティは持った上で、
社会と個人の距離をとっていかないと、
ゆくゆくは個人の不安が、社会不安につながる、
ってことなのかなぁ~、と。
ちょっと思ってみるのです。

でも、これって裏を返せば、
人は必ず何らかのアイデンティティ、
つまりは帰属意識を持たなければ生きていけない、
ってことなんですかね?
所詮幻想だとは分かっていながらも、
人は人とつながっていなければ生きていけない、
ってことなんですかね?

それもその幻想は、頑強であれば頑強であるほど、
その人の支えになる、ってことなんですかね?

なんとなくそれを悲しく思えてしまうのは
私だけでしょうか?

って、人生論っぽくなってきましたが、
私は社会学者でも、移民の専門家でもないので、
結局、そこら辺の学術的なことはよくわかりません。
ただ、何となくの感覚論です。

しかもその感覚も、幸か不幸か、超純粋培養日本人として
のアイデンティで育った私の偏見です。
きっと私はマリーアントワネットのように、
彼らの前で
「パンが食べられないのなら、ケーキを食べればいいじゃない」
と言ってしまうような人間なのだろうと思います。
一生近づけないような気がします。移民彼らの感覚には。
所詮、恵まれた人間ですから。

なんて、また悲しくなってみるのです。

はぁ、だれか移民の専門家の方、見てたら教えてください。
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by kame_pcaddress | 2005-11-26 23:58 | 真面目な話

アジアですから。

11月26日

無理はしない。
しなくていい。

最近そう思う。
脱力系です。

何にかというと、コミュニケーションです。
着いた当初は、せっかくオランダに着たんだから、
オランダ人と付き合わなきゃ!
なんて思ってました。

前にも書いたけど、
留学生は、その文化圏、言語圏、
もしくは留学生同士で固まります。
そんなの今も変わりません。

そしてオランダ人は「留学生はお互いくっついちゃって!」
と留学生を馬鹿にし、留学生は留学生で「オランダは・・・」
とオランダのアホなところをあげつらって馬鹿にします。

もちろん私もバカにしたりします。
だってたまに本気でムカつくんですもん。
(あの仕事の無責任っぷりったら!)

でも、不思議だと思いませんか?
この、大学内での小さな異文化摩擦、
インタラクション不足って、
大学の雑誌に取り上げられるくらい、
みんなの共通認識だったりするのです。

でも、誰も何もしない。
というもの、何もしなくても生きていけるからです。
死ぬほど困ったりしないからです。
そんなことにパワーと時間割いてるくらいなら、

授業の単位とるほうがましなのです。
そっちのほうが絶対優先順位高いし。

そんなこんなで学生内でブロック文化圏が形成されていくわけですが、
私はやっぱり固まるのがイヤなのです。

で、オランダ人とは「留学生はお互いくっついちゃって!」
と留学生を馬鹿にし、留学生とは「オランダは・・・」
とオランダを馬鹿にします。

そう、サイテーです。

特に最近自分でサイテーだと思ったのは、
私がやっぱりどこかで他のアジア人をバカに
しているということです。

これは多分どこの海外に行っても同じなんじゃないかと
思うけど、中国、韓国人は私の目から見ても、
よく固まっています。

中国の人なんか見ても分かるように、
全世界どこに行っても
しっかり中華街なんかでコミュニティー
つくってるし。

で、私はやっぱりよく中国人とかに間違えられるし、
オランダ人、西洋人と話すときに、比較対照にされるのは
見た目が似てる中国人と韓国人なのですが、
彼らと話すのも、「中国人・韓国人はよく固まってるよねぇ」
みたいなこと。(っていっつもそんなことばかりは言ってませんよ^^;)

確かにこれは事実のように見えるのですが、
そして、こっちの日本人とも同じようなことを話すのですが、
でも、なんだかそんな自分達の中に、
何の根拠の無い優越感が含まれているような
気がするのです。

○西洋=先進国
○アジア=後進国
そして日本は先進国のつもり。
そして、価値観まで西洋よりであれば、
それが進んでいるということ、優れているということ、
正しいということ。だから、なんだか意地を張って、
「自分は周りとは違うんだ!」って、無理して価値観まで
西洋化しようとしてるような気がする。

日本にいたとき、中国人の友達から、
「バナナ」という言葉を教えてもらった。
簡単に言うと、“Yellow skin, white heart” ということらしい。
私はバナナを否定しないし、自然にそう育った人は、それでステキな個性だと思う。
でも、バナナを気取ったり、バナナになろうとするのは、違うと思う。

私は戦前の教育を受けたわけでも、
私が戦後の日本の経済成長を支えたわけでもない。
でもバナナを気取ってたような気がする。
意味不明のプライド。アホらしい。

「やっぱりそれは違うだろ!」
っていうのが最近ツッコミ。
残念ながら、私はどうやったって、
あのヨーロッパ人のお仕事価値観には同意できないし、
好きではない。(もちろん例外もたくさんいらっしゃいますよ^^;)
それよりは絶対に、全世界で、しっかり夜遅くまで、安い値段で
おいしい料理を提供してくれる中華街の人を尊敬する。
本当に彼らは安い賃金で、よく働くと思う。

大学で、他の中国本土から来てる子達だって、よく勉強するし、
何たって、競争社会に生きてきた、その価値観を共有できる。

だから、なんだか、こっちにあわせるのも、
バカらしくなってきた。
無駄なプライドにしがみついて、
西洋人からは決して西洋人と同じに見られているわけではないのに、
他のアジアの人とは自分は違う、って他人をバカにするのは絶対にイヤだ。
それをするくらいなら、中華街ならぬ、日本人街を作って、
しっかり違いを主張して生きていくほうがましだと思う。

なんかちょっと違う例えかもだけど、
関西の人は四国を関西だとは思ってないけど、
四国の人(特に徳島、香川とか)は自分達を
関西文化圏だと思ってるのと同じような感じ。
(←こっちのほうが何百倍も可愛気があるけど^^;)


かといって、
アジア人同士でばっかり固まるわけではないんけど、
自然に、気の合う人と付き合えばいいんだ、
って、最近は思う。当たり前だけど。

そして、誰かをバカにすることでしか感覚を共有できない人間関係なんて
いらない。自分で手に入れたわけでもないものに、しがみつくのはカッコ悪い。


そうです、
私は日本人ですけど?
アジア人ですけど?

そして何より、
“私”という個人ですけど?
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by kame_pcaddress | 2005-11-26 21:35 | 雑・オランダ