2005年 11月 22日 ( 1 )

恐るべき日常

11月21日(月)

オランダに来て感じること。
最近なんとなく思うこと。

最初は、オランダの全てが非日常だと思ってた。
異国の土地で、異文化で、
地球の反対側で、ヨーロッパで、西洋で、
違う食べ物で、違う顔で、違う社会システムで、
全てが日本にいたときとは違って、全てが非日常で、
毎日が感動で、毎日がお祭りなんだと思ってた。
(最後のほうはノリ)

でも、最近感じるのはそれとは全く逆。
全てが日常なのです。圧倒されるくらいの日常。
ド日常。変化のない毎日。

“幸せ”な毎日。

私も、周りの人も、ちょっと場所を移動したからといって、
ちょっと違う外国人が着たからといって、変わるわけではない。
毎日朝はやってきて、起きて、食べて、動いて、出して、寝る。
勉強して、働いて、友達や家族や恋人と時間を過ごして終わっていく日常。

スーパーでは奥様方の井戸端会議に花が咲き、
大学ではテスト勉強に嘆く学生の声。
街にはコーヒー片手のビジネスマン。
バスやトラムの運転手さん。
スーパーのバイトさん。

みんな、みんな、それぞれの日常を送っている。
もう、それは、ありありとした現実。
東京にいたときなんかようも、痛いくらいのデンとした現実。
ゆるぎない、現実。変わらない、変われない、と思えてしまう現実。

ものすごく、個人個人の生活が“個”として浮き出ている。
何者でもない自分が、何者かであるような錯覚を覚えてしまいそうな感触。
ゆるぎない日常と周りに支えられて、何者かにならざる得ないような感覚。
“我”が強すぎる。

何かに似てると思ったら、田舎に似ている。
あのときの感覚。18年間とらわれ続けた日常。
私はあの大きさに耐え切れなかった。
あの日常が大嫌いだった。
自分が大きすぎて、何者でもなくていいのに、
何者でもありたくないのに、自分が大きすぎて。

どうしてほっといてくれないのだろう?
どうして差し迫ってくるのだろう?
どうして何かが私を取り囲もうとするのだろう?
何なんだ?どうして変わってくれないんだ?

私はずっと漂っていたいのに。
私は何者にもなりたくないのに。
変わらない日常なんていらない。

若い、って言われればそれまでだけど、
私は鋼鉄の壁に囲まれた日常よりも
擦り切れるくらいの一瞬がいい。
一瞬一瞬を、壊れるくらいに頑張っていたい。

なのに、オランダに来て、
また立ちはだかったのは、日常の壁。

きっとこっちのほうが“普通”なのだろう。
東京にいたときの私が“異常”だったのだろう。
でも、それでも、私はその異常を愛しています。
愛してやまないのです。


マゾですから(^^;)


※ちなみに悩んでるように見えるかもしれませんが、
 悩んではいませんよ。文章にできるようになるくらいだと、
 整理できてきてる証拠なんです。
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by kame_pcaddress | 2005-11-22 03:48 | 真面目な話