忘れた頃に。

11月2日の日記。

<テーマ:当たり前のこと-移民編>

私の周りの友人は
香港系カナダ人でした。
スペイン系(?)スウェーデン人でした。
中国系イギリス人でした。
同じく中国系スペイン人でした。
トルコ系アメリカ人でした。

イラン系、中国系、モロッコ系、インド系、
台湾系、アンティリア系、アフリカ系、
アラブ系、イタリア系、スペイン系・・・オランダ人でした。

見た目と国籍が(私の中で)
一致しない人がたくさんいるのです。
留学生の中にもそんな人が多いのですが、
オランダ人の場合は、ケタが違います。
さすが移民の街・ロッテルダム。
なんでも来い、です。
(さながら万国人間博覧会・・・)

でも、そんなとき、素朴な疑問が私の中に浮かぶのです。
「何が人のアイデンティを決めるんだろう?」
“What makes Dutch as Dutch?”

見た目も言語も似たような国で育った私にとっては、
周りの人たちに起こっている現象が、
不思議でしょうがありませんでした。
オランダが国として成り立っていることが(←アイデンティの面で)
不思議でしょうがありませんでした。

見た目がアイデンティの源泉でないんなら、言語かな???
なんて思ってもみましたが、
世界には国は違っても英語、ドイツ語、フランス語、
スペイン語なんかを国語としてる人はゴマンといるし、
実際、ドイツ語が母語だけど、イタリア人な私の友人・・・

ついでに言うと、
今のオランダのプリンセス(アルゼンチンから嫁いで来た)
なんて、オランダに来た当初は私の、とってつけたオランダ語より
オランダ語がひどかったそうな・・・(^^;)
(←オランダ人の証言)


で、考えてもよく分からないので、
思い切って友人に聞いてみることにしました。
標的になったのは、
約束はすぐ忘れるけど、気のいいナイスガイな香港系カナダ人。

遠まわしな表現を知らないので、直球勝負。
(もちろんその前にちゃんといろんなこと喋ってますよ^^;)
「個人的なことで申し訳ないんだが、何が
人のアイデンティを決めるんだと思う~?」
と聞くと、
「う~ん、僕は自分を自分でカナダ人だと思ってるから、
カナダ人だと思うよ。その人が、自分を“~人だ”って思ってれば、
それがその人のアイデンティで、それでいいんじゃない?」
とあっさり明るく答えてくれました。

私:ものすごい納得。

確かにね~。その人がそう思ってればそれでいいですよね~。
他人がどう思おうが、関係ないよね~。
何に私はそんなにこだわっていたのか、バカバカしくなった瞬間。


でもね、そんな風に私がさっぱり納得してる一方で、
フランス(パリ)では移民による暴動がすごいことになってるんですよ。
車が何百台(何千台?)と燃え、学校が、集会所が、燃えているんです。
何百人と移民の若者が逮捕され、戒厳令まで出る始末。

テレビで一瞥しただけでは、いったいコレがフランスで起きてるなんて
信じられなかったくらい。いったいいつの時代の、どこの話なんだ?と
この目を疑いましたよ。
だって、戒厳令ですよ!戒厳令!おいおい戦時中かよ!みたいな。

フランスでは移民の失業率が高く、郊外にsegregationされてるらしいです。
(とくにアフリカ系の移民が。)
で、そのあぶれた若者は、フランスにもoriginの国にも
アイデンティティを持てずに、宙に浮いちゃって、
学歴も、定職もなく、街を徘徊、ついでに犯罪、みたいな。

そんな文脈の中で、起こったのが今回の事件。
なんだかよく分からないけど、なんかの手違い(?)
で移民の若者2人が警官に射殺されちゃって、
それで今までの不満が一気に爆発!みたいなシナリオらしい。
ついでにお偉い政治家が、彼らをクズ呼ばわりして自体は悪化・・・・

今は落ち着いたみたいだけど、おかげで私はパリ行きを断念(;_;)
はぁ。

て、
ここでのポイントは、
1.移民個人がどんなアイデンティティを持つかは、
個人が勝手に決めればいいけど、(他人には関係ない)
2. 社会的に見て、宙に浮いてしまうのはちとまずい。
ってとこですかね~?(あんま、まとまってないけど^^;)

つまり、個人がなんらかのしっかりとした
アイデンティティは持った上で、
社会と個人の距離をとっていかないと、
ゆくゆくは個人の不安が、社会不安につながる、
ってことなのかなぁ~、と。
ちょっと思ってみるのです。

でも、これって裏を返せば、
人は必ず何らかのアイデンティティ、
つまりは帰属意識を持たなければ生きていけない、
ってことなんですかね?
所詮幻想だとは分かっていながらも、
人は人とつながっていなければ生きていけない、
ってことなんですかね?

それもその幻想は、頑強であれば頑強であるほど、
その人の支えになる、ってことなんですかね?

なんとなくそれを悲しく思えてしまうのは
私だけでしょうか?

って、人生論っぽくなってきましたが、
私は社会学者でも、移民の専門家でもないので、
結局、そこら辺の学術的なことはよくわかりません。
ただ、何となくの感覚論です。

しかもその感覚も、幸か不幸か、超純粋培養日本人として
のアイデンティで育った私の偏見です。
きっと私はマリーアントワネットのように、
彼らの前で
「パンが食べられないのなら、ケーキを食べればいいじゃない」
と言ってしまうような人間なのだろうと思います。
一生近づけないような気がします。移民彼らの感覚には。
所詮、恵まれた人間ですから。

なんて、また悲しくなってみるのです。

はぁ、だれか移民の専門家の方、見てたら教えてください。
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by kame_pcaddress | 2005-11-26 23:58 | 真面目な話
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